「ナマステー(ありがとう)、インド!」
※ 1993年 JICA国際協力全国高校生エッセイコンテスト 準特選 受賞

「インドへ演奏旅行へ行ってみないか?」
エレクトーンの先生から話があり、私は、
生まれて初めての海外にワクワクしながら出発しました。

ところが、ボンベイ空港で私を迎えたのは、
職を求めギラギラした目をした浮浪者の群れと、
チップを欲しがりどこまでもついて来るホームレスの女の人でした。

この様な状況は町中でも同じで、
渋滞に巻き込まれ止まっていたバスの中からは、
小さい手、ガリガリの腕がしつこく伸びて、食べ物をねだってきます。

「無視して下さい。」という通訳の言葉で窓が冷たく閉ざされた後は、
恨めしそうな目が、私の心を追いつめるのです。
私は下を向いたまま、恐くて目を開けることが出来ませんでした。

住む家もなく、毎日の食事さえありつけない人々、
そこには、私が今までに見たことのない現実があり、
悲しいとも可哀想とも違う大きな感情が私を支配し、
涙をこらえるのが精一杯でした。

演奏旅行のプランの一つに、
バンガロールの国際こども村オープニングでの演奏があり、
私は、またまた大変な現実にぶつかってしまったのです。

演奏を聴くためにテントに集まった人たちの貧しさに驚きながらも、
私は、皆に喜んでもらおうと、暑い中、精一杯演奏しました。
プログラムもフィナーレに近づき、盛り上がってきたその時です。
熱心に耳を傾けていた人たちが、
アッという間に隣のテントへ移ってしまいました。
何事かと隣のテントを見ると、
なんとそこには食事が運ばれてきているところでした。
彼らに必要だったのは、華やかな演奏よりも、
空っぽのお腹を満たしてくれる、食べ物だったのです。

  そんな貧しい人々がいるかと思えば、インドには、
日本人の私たちでさえ驚くような生活をしている人たちもいました。
私たちが招待された若い社長さんの家は、何台もの高級車に、
専属のコックの作る高級レストラン並みのディナーと、
贅沢な暮らしぶりでした。
映画に出てくるような豪邸で過ごした夜は、
夢の世界のようでした。
このような貧富の差の大きさに加え私を驚かせたのは、
身分の差でした。

  プナ市滞在中、私たちが宿泊したのは、
カースト制では一番上のバラモン階級に位置する
インド舞踊家の先生の家でした。
その家に、ラジャという14歳のメイドの女の子がいましたが、
彼女の待遇は、私にとっては理解し難いものでした。
彼女は朝一番に起き、皆の食事を作り給仕した後、
その残りを台所の冷たい床に座って食べているのです。
一事が万事、そうでした。

彼女と同じ年のお嬢さんは、
メイドのラジャを絶対におしゃべりの輪に加えようとせず、
同等の人間としては、決して扱わないのです。
彼女に対する接し方は、明らかに、
主人と召し使い以上の絶対服従を強いるものでした。
それなのにラジャは、いつも、
皆の輪から一歩離れた場所で、誰よりも幸せそうに笑っていたのです。

この世に元気な命をもらい、
ステージに立つ人(私たち)に会えただけで幸せだ、と
ステキな笑顔で言ってくれたのです。
言葉が通じなくても、文字が読めなくても、温かい笑顔を通して、
私の心に一生忘れない最高のメッセージを届けてくれたのでした。

私は、インドは発展途上国で、先進国である日本が
リードしなくてはいけない貧しい国だと思っていました。
しかしながら、ラジャの笑顔に出会った後、働いている人々を見ると、
貧しいながらも彼らは実に生き生きとしていることに気がつきました。

テレビ、洗濯機、クーラーなどなくても、皆、暮らしているのです。
文明の力の及ばないところで、生きる力のすごさを思い知らされました。
彼らは、私たちがもうとっくの昔に忘れてしまっていた一番大切なこと
「生きていることが幸せだ」という、人間の原点を教えてくれたのです。
ラジャは、笑顔で、それを教えてくれたのです。

どうして私は気がつかなかったのでしょう。
幸せは、本当は私の一番近くにあったのです。
それを私は、遠いインドまで行って、やっと気がつきました。
今の時代に生まれて、日本に暮らし、衣食住の心配をすることもなく
自分のやりたいことができるということは、本当に幸せなことです。

これから私は、この幸せに心から感謝し、与えられた環境の下で、
世界中にいるであろう「ラジャ」の分まで、学び、たくさんのことを吸収し、
いつかきっと、この幸せを世界へ還元できるように、
精一杯頑張りたいと思います。
それが、ラジャに対して私のできる、たった一つの恩返しだと思っています。
今、私は、生きていることが最高に幸せです。

 「ナマステー(ありがとう)、インド!」

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